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2008年11月25日 (火)

今夜のじいちゃん

夕方のじいちゃんは、記憶がずれていた。
今日は珍しくデイサービスより帰宅後、お茶とおやつを召し上がったじいちゃん、けいこたんの「ただいま」に目を覚ました。
目覚めたあとは「もうそろそろ帰ります」を連発。
「まずは、夕食を済ませてからにしましょう」
などと言いくるめて、なんとか食事を済ませた。
じいちゃんが起きる前に、ばあちゃんの洗濯物を取りに行こうと思っていたが、ちょっと予想外なじいちゃんの行動(真っ暗なトイレの中に入って、窓をドンドンたたいたり)で、パパの帰りを待ってから病院に行こうと思ったわけだ。
だが、食事の後、パパの帰宅を待っていると、面会時間がなくなるので、じいちゃんをソファーに座らせ、「おばあちゃんn洗濯物を取りに行ってくるからね」と、ひとり置いて出かけた。
じいちゃんは「ご苦労さん」と言った。
途中、パパに電話を入れると、もうそろそろ帰りそうとのことだった。

ばあちゃんは寝る前の口の中の掃除をしてもらっていた。
相変わらず目をつむったままだ。
看護師さんが、ナプキンを何度も取り替えて、きれいにしてくれていた。
「おばあちゃん、サッパリしたねぇ」
ばあちゃんは「・・・・・」
今日も反応なし。
まだ熱は下がりきっていないようだった。
首に氷冷剤をタオルにくるんだようなもので冷やしてあった。
重たい洗濯物を抱えて、本日も長居は無用。
安静安静。

家に帰ると、パパはまだ帰宅しておらず、しかし、じいちゃんは静かにソファーに座っていた。
じいちゃんの着替えが済んだころ、ようやくパパも帰宅。
じいちゃんは着替えをしてもらって、「世話かけるなあ」とけいこたんに言った。
布団に入って静かになったじいちゃんが、しばらく経って、リビングにやってきた。
「どうれ、もう帰らんといかん。靴はどこか?」
パパが「今日はもう暗かけん、明日明日。」
じいちゃんはパパに手を引かれて、おとなしくついて行った。
今夜のじいちゃんは夢と現とが交錯しているようだった。

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2008年11月24日 (月)

ばあちゃん、再び発熱

11月24日
今日はパパの誕生日。
連休二日目で、ふたりっきりとあって、今朝はパパも目覚まし時計をオフにしてくれていたようだ。
目が覚めたのは、太陽がずいぶん高く上がってからだった。
ブランチ(何年ぶりかしら。いつも必ず三食準備していたから。)を済ませ、ばあちゃんの病院に出かけた。
ガーゼと手袋を持って、今日は口の中をきれいにして、あわよくば、飲み込めるか見てみよう!
だが、出来なかった。
ばあちゃんは熱を出していた。
ベッドも平らに戻されており、首に氷枕のようなベルトをはめていた。
声をかけたが、目を少しあけただけで、きつそうに、再び目をつむった。
今日は安静にしてあげなくては。
体力が落ちているので、ちょっとした熱でも油断できない。
早々にひきあげた。

夕方、じいちゃんがお泊りから帰ってきた。
じいちゃんは昨夜と今朝の食事を入らないと拒否したそうだ。
便が出てないので、不穏のようですとのことだった。
パパがゴルフの打ちっぱなしから帰ってきて、「飯喰うよ。」と声をかけたが、やはり「はいらんけん、よか」と拒否。
それなら、椅子に座ってみたら。
じいちゃんは、みんなと一緒にパパにお誕生日おめでとうの乾杯をして、それからパパの好物のいなりを5~6個食べた。
ウンチが最近出てないのに、じいちゃんのお腹はミステリー。

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2008年11月23日 (日)

少しずつ少しずつ

夕方、パパと、ばあちゃんの病室へ行った。
ばあちゃんの向かい側のベッドの人はまた入れ替わっていた。
そしてばあちゃんの隣の人と一緒に、席をはずしておられた。
ばあちゃんの鼻チューブから栄養流動食が流されているところを見ると、どうやら、食事に行かれているのだと思われた。
ばあちゃんの斜め向かいのベッドの人は、もう胃婁処置されていて、やはり栄養流動食が流れていた。
ばあちゃんに声をかけると、ばあちゃんは左目を少しあけた。
手を洗って、右目の瞼を持ち上げると、ばあちゃんは両方の目でけいこたんのほうを見た。
「おばあちゃん、来たよ。」
「おばちゃん、耳が聞こえているんだね。」
ばあちゃんはほんの少し頷いた。
昨日は、けいこたんが30分くらい、話しかけたり歌ったりしていて、2回くらい、「あ~」みたいな声とも息とも聞こえるくらいの反応だったが、今日の反応は素晴らしい。
「おばあちゃん、今日はパパも一緒だよ。明日は誕生日で、58歳になるよ。」
「おばあちゃんは58年前に産んだんだねえ」
などと、立て続けに話しかけるけいこたん。
ばあちゃんは少し大きく目をあけて、再び、5度ほど頷いた。
けいこたん、思わずうるっときてしまった。
ばあちゃんの耳元で「唾をごくんと飲み込んでごらん。そしたら、口から食べれるから」と何度も何度も囁いた。
看護師さんからは飲み物は肺に入るから絶対ダメですと言われている。
「ガーゼを湿して、口の中を拭いてもいいですか?」
看護師さんからの答えは「いいですよ。固く絞ってからなら」
よしきた。
少しずつ少しずつだね。

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2008年11月21日 (金)

パパの気持ち

11月17日
ばあちゃんの目は少し開いていた。勿論、左目のみ。
右目はオソラク麻痺があるに違いない。
そう思うけいこたんであった。
いや、そう言い聞かせているけいこたんであったかも。
瞼が上がりきらないという風。
左目も、耳元でしきりに話しかけるけいこたんのほうを、目で追っているような、いないような。
ただ、「また、来るからね」と言ったとき、ばあちゃんの瞳は、パッとあかるくなったように見えた。
ばあちゃんの耳元で今日も「かがやく~♪♪」
すると、ばあちゃんは二度、大きな欠伸をした。
けいこたんはこの賛美歌をいつも子守唄にしていた。
ばあちゃんにも、やはり子守唄に聞こえたかなあ。

11月18日
じいちゃんの介護度は、要介護Ⅳ。
ワンランクアップと言おうかダウンと言おうか。
ショートステイ滞在中のじいちゃんはようやく明日帰ってくる。
本日のわが家での、担当者会議で、しばらく、デイサービスとヘルパーを並行して利用することになった。
朝は、けいこたんが出勤時にデイサービスまで送り、帰りはヘルパー氏が待機してくれる。
ショートステイ利用時は、パパが送り、けいこたんが迎えに行くことになるだろう。
しばらくは、それで乗り切るしかない。
まっ、出来る者が出来ることをやろう。
それっきゃない。
明日は、担当医から、今後の治療方針について呼び出しを受けている。
ばあちゃんのほうは、まだ先が見えない。
けいこたんも、そうそう脳天気ではいられないかも。

11月19日
じいちゃんが長いお泊りから帰ってきた。
じいちゃんは「家に帰れるから嬉しか」と迎えに行ったパパに言ったそうだ。
夕食後、パパが「ばあさんは、入院しとらすよ」とじいちゃんに告げた。
じいちゃんは「なぁ~んな」
そして「だいぶ、悪かっだろ」と聞いた。
「少しな」とパパ。
じいちゃんは「そうなぁ」

パパは、ばあちゃんの担当の先生から、胃婁の話をされたそうだ。
リハビリを続ける上でも、鼻からチューブをつけたままのいわゆる経鼻栄養チューブのままでは、今後、受け入れてくれる病院での管理がやりづらい云々とのこと。
口から食べれるようになれば、胃婁はすぐ塞ぐことができるのだが、常にだれかが付き添って食べる訓練をすれば、それも可能かもしれないのに・・・。
パパの気持ちはもう固まっているようだ。

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2008年11月15日 (土)

一件落着

一昨日はホッとしたのもつかの間、ばあちゃんは相変わらず。
目も開いてない、寝ている?
ベッドにぶら下がっている薬の袋を見ると、パーキンソンの薬が処方されていた。
粉砕してあるので、鼻チューブから注入されているのだろう。
薬が再開されてよかった。
これで、パーキンソンによる硬直は進まないだろう・・・と希望をつなぐけいこたんとパパ。
パパに「私達って、いつも大変だよねぇ」って、ついついぐちってしまった。
パパが「そろそろご褒美があってもいいかもね。宝くじがあたるとか。」
「富は天国につまなきゃね」とけいこたん。
ここで、なぜか笑ってしまう私達。
これで一件落着。

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2008年11月13日 (木)

4人部屋

ばあちゃんは、4人部屋に移った。
けいこたんが声をかけていると、看護師さんがやってきて、「返事ばしてやらんね」とばあちゃんに話しかけてくれた。
えっ?ばあちゃんはもう返事ができるの?

だが、今日はとうとう、ばあちゃんの返事は聞けなかった。
それから、車椅子に乗せてもらっているそうで、靴を持ってくるように言われた。
経管栄養剤は、まだ鼻からチューブで入れるそうだが、少しずつ、状態はよくなっているようだ。
ホッ。

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2008年11月10日 (月)

輝く~日を仰ぐと~き~♪♪♪

11月8日
ばあちゃんは、まだ意識が戻らない。
パパは担当のDrから、最悪の場合は延命処置をするか否かの選択を強いられたそうである。
それと、栄養の補給に、 胃瘻(胃に穴を開け、外からチューブで直接栄養剤を流し込む処置の事)の話も出たそうだ。
まだ気が抜けない。

11月9日
ばあちゃんはパット見は、ガーガー鼾をかいて寝ているように見えるが、言葉をかけると、うっすらと目を開けたように見える。
そして、時折、「あー」とかなんとか、返事をしているように聞こえる。
鼾の間のそんな会話が私達の胸をなでおろしてくれる。
元気な時、左側の耳のほうが聴力がまだ残っていたので、パパが左の耳に口を近づけて自分の名前を言った。
ばあちゃんがうっすらと開いた目でパパのほうを見たようだった。
けいこたんも、ばあちゃんの左の耳に「お母さん、けいこですよ」と声をかけた。
ばあちゃんは、頭よりに立って声をかけたけいこたんの方を見ようと、目を少し開いたようだった。
それから、パパのおじさんつまりは、ばあちゃんの弟のつぎおじさんに連絡したことを、パパが告げると、やはりばあちゃんは「あー」とか「おー」とか言った。
やっぱり、聞こえている!
会いたい人の声が聞こえたりすると、それが刺激になっていいんだろうがなぁ。
パパが「そのうち、来なはるよ。」と目をつむったままのばあちゃんを励ましていた。
血圧は111/89。入院直後は190/ あったから、降圧剤でずいぶん下がってきた。  昨日は尿量が少ないからと、点滴の中に利尿剤(オソラク)を注入されていた。
ばあちゃんの生命力に期待しよう。

11月10日
ばあちゃんは相変わらず、鼾をかいて寝ている   かのように見えた。
だが、けいこたんが声をかけると、わずかに、目が動く。
けいこたんはばあちゃんに「おばあちゃん」とか、「おかあさん」とか、いろいろ言ってみた。
看護師さんがちょうどやって来て、「娘さんですか?」
と言った。
「嫁です」
看護師さんは「ありがとうございます。声をかけたりして刺激を与えて下さい」と言った。
そこで、けいこたんは自分の好きな賛美歌を歌った。
「輝く~日を仰ぐと~き~・・・」
ばあちゃんには聞こえているに違いない。
けいこたんはそう確信している。
さすった足は、右足が冷たく、脳の左側に出血部位があるので、麻痺があるのかもしれない。
左足は温かかった。
寝巻きを今日も交換してあるところをみると、体の清潔は常に保たれているようだ。
足もきれいになっていた。
さて、手のほうは、右手に点滴の針が刺されており、左手は拘束手袋をはめたまま。
ばあちゃんが左手を持ち上げようとするので、「重たいねぇ。」と言いながらけいこたんも一緒に持ち上げた。
昨日より左手の動きがいい感じ。
ばあちゃんは原疾患にパーキンソンもある。昨日は硬かった。
このまま動かさないと、筋肉が衰えてしまうだろう。
左上腕や足の大腿部をさすってみるが、ばあちゃんは無言のまま。
そうこうするうちに、アナウンスが、面会時間の終了を告げた。
じいちゃんは、まだショートステイ滞在中なので、仕事帰りに寄ることができる。
「また来るから、おばあちゃんもがんばって!」
ばあちゃんのつむったままの瞼の中がけいこたんのほうに動いたようだった。

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2008年11月 6日 (木)

ばあちゃんは入院中

脳出血で入院中のばあちゃんの症状は変わらない。
けいこたんは、仕事帰りにパパと駅で待ち合わせて、集中治療室のばあちゃんの様子を見に行ったが、昨日と変化なしの状態。
痛みなどの刺激を与えると、左手はさっと手を引き、反応があり、右手も若干弱いが反応ありとのこと。
血圧も今のところ点滴中の降圧剤で下がってきている。
けいこたんとパパは食前の祈りの中で、ばあちゃんの回復と、ショートスティにロング滞在中のじいちゃんのことを祈った。

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2008年11月 5日 (水)

脳出血

ばあちゃんが入院した。
原因は脳出血。
今日はデイサービスの日だったので、パパがじいちゃんのお迎えまで待って、救急車を呼んだ。
ばあちゃんは、うっすらと目を開け、左手で、布団をめくる仕草を繰り返していたので、最初、けいこたんとパパとは、その意識の無さが脳梗塞なのか、せん妄なのか判りかねた。
左側に出血部位があるので、右半身に麻痺が出ているそうだ。
集中治療室で、しばらく薬の投与を受け、このまま、脳内の血管が破裂せず、圧が下がっていけばいいが、そうでない場合は他の治療になるとのこと。
看護師さんによれば、ばあちゃんは返事をしたそうだが、けいこたんが行ったときは、反応はなかった。
ばあちゃんは、以前、高熱で入院した際、点滴を自分ではずそうとするので、内服薬しか投与できなかった。
今回は、口から入れるのは、勿論不可能。
点滴をスムーズに行うために、勝手に動かす左の手に、大きな軍手のような手袋をはめられていた。
足も、ベッドの中でしきりに動かすので、布団でぐるぐる巻きにしていますとのことだった。
最悪の状態までを想定して、今後の治療方針が話され、家族で相談するように言われた。
今までだって、いつも元気になって帰ってきているので、全く想像もつかず、先のことは考えられない。
パパとも数日様子をみてからにしようと話している。
けいこたんのママだって、2度の脳出血を克服し、現在も不自由な右手で気丈に一人暮らしをしている。
ただただ祈るばかりだ。

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2008年11月 1日 (土)

う~む

それは昨日の夕食時のことだ。
食事の支度ができた、珍しくパパもちょうど帰ってきた。
萩までの日帰り出張から直帰したのだ。
じいちゃんは食直前服用の薬があるので、お茶に氷を入れて準備し、ふと、電子レンジの扉を開けた。
なにげにあけたのだったが、はて?おや?
レンジの中にラップをしたお皿が二つ。
あれっ?今朝、じいちゃんとばあちゃんのお昼のおかずに準備していたものだけど、二人とも、残しちゃったのかなぁ?
でも、〝お味噌汁の残りは、冷蔵庫に入れときました〟と冷蔵庫にメモが残してあるのに、おかずのことはなぁんにも書いてないなぁ。
ヘルパー記録には、二人共、完食と記載。
昨日は寒かったし、再び温めたおかずをテーブルに置いて「おばあちゃん、お昼のおかず、食べなかったの?」
ばあちゃんは「なんでも食べるよ。」
そうだよねぇ、ばあちゃんはご飯は減らしって言うことがあるけど、おかずはよっぽど具合が悪くない限り、残さずに食べるタイプ。
してみると、けいこたんもたま~にあるけど、レンジでチンしたまま忘れちゃったのかなぁ。
お味噌汁とメインのお皿に、小皿。
そのメインのお皿がレンジに残っていたわけだが、じいちゃんはご飯に載せてもらわないとおかずに気がつかなかったりするし、ばあちゃんは、ご飯とお味噌汁を食べてしまってから、おかずに箸をつけることが多い。お漬物だって、ご飯に添えるのでなく、それだけを食べたりする。
以前、学校で指導される三角食べのことを書いたことがあったが、ふたりとも、三角食べは完全に無視しているわけで。
つまり、メインのおかずがレンジの中に残っていたとしても、二人は、〝本日の昼食はこれだけ〟と思って食べたのだと推測される。
そして、じいちゃんは夕食のご飯をおかわりした。
う~む。

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