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2008年12月23日 (火)

〝求めよ さらば与えられん〟

先日、看護師さんに「口の中をふいたりしてもいいですか?」と聞いた。
看護師さんは「ご家族の希望でガーゼを準備することもありますから、今度そうしときましょうね」と言ってくれた。
ばあちゃんの〝ごっくん〟が大きかったので、少しいけるかもと思ったけいこたんは「あのう、飲み込みの訓練とかはできないんでしょうか?」と恐る恐る聞いてみた。
転院前の病院では、「そんな危険な行為はとてもできない」と断られていたからだ。
看護師さんは「それじゃあ、そのことは先生に相談してみましょうね」
けいこたんは、ずっと前に、北海道あたりの病院で植物状態に陥った人が口からの刺激をきっかけに、少しずつ少しずつ意識をはっきり示すようになった例などをテレビでやっていたのを見た記憶がある。
それ以来、どんなに反応がなくても、外からの刺激でなんとかなることもあるんだと確信している。
〝求めよ、さらば与えられん〟 さ。
それに、右側の脳に障害が起きた場合、訓練次第で、左側がその代役を果たすまでに回復するという話も聞いたことがある。
もっとも、かなりの体力と気力を要することだろうが、こっちはそこまであせってはいない。
ただ、あれだけ食べることの好きだったばあちゃんがこのまま、口から物を食べれないでいるというのは、ちょっと悲しいかなと思うのだ。
数日後、パパが病院を訪れた際、「飲み込みの訓練の同意書」にサインを求められたとのこと。
パパは即サインしたそうだ。
Drの〝春を目処に〟の言葉どおりになりますように。

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2008年12月16日 (火)

ハナマル

日曜日、郷里からの見舞い客に、ばあちゃんはなにも答えなかったそうだ。
午後から、じいちゃんを伴って、病院に行った。
じいちゃんに「おばあちゃんのお見舞いに行こうか」と告げると、「だぁるが入院しとっとか?」
毎日毎日同じ質問の繰り返しだが、答えも変わらず「おばあちゃんだよ」
じいちゃんは「だいぶ、悪かっだろ?」
それには「まだ、鼾みたいな声だけ」
「耳は聞こえていて、私の顔がわかるみたい」
「少し声が出たよ」と徐々に変わってきている。
病室でばあちゃんに、「おばあちゃん、私の名前わかる?」と聞くと、ばあちゃんは「けいこさん。」と答えた。
じいちゃんを運んできた車椅子からおろして、ばあちゃんのベッドに近づけた。
じいちゃんが覗き込んで「こら、わかるか?どう(どれ)なんもわからんとだろ?」と言った。
ばあちゃんはあたりまえというような顔で「わかる」とかすかに答えた。
転院した病院では、春を目処にリハビリの目標を設定してみるとのこと。
それまでに、なんらかの成果があればいいなぁ。
とりあえず、けいこたんの名前が言えたから、ばあちゃんにはハナマルをあげよう。

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2008年12月 9日 (火)

真似をしてみた

ばあちゃんの洗濯物を取りに行ったら、また部屋が移動されていた。
長期療養型の病院ではないので、患者さんの入れ替わりが頻繁で、それも致し方ないのであろうが、方向音痴のけいこたんは、ばあちゃんの部屋から帰るとき、廊下をぐるりと回って、ナースステーションの中に入ってしまったwinkwinkwink
さて、先日パパの妹がばあちゃんを見舞った際、病院スタッフの呼びかけには、「ハイ」と返事をしたというので、けいこたんもスタッフ氏の真似をして、ばあちゃんのベッドに近づくなり、フルネームで呼んでみた。
ばあちゃんはかすかにはっきりと「ハイ」
「おばあちゃん、もうすぐ家の近くの病院に移れますよ。」
するとばあちゃんはまたもや「ハイ」
それから、大きな声で「ハックション\(;゚∇゚)/」
ノドが「ゴクン」と動いた。
「おばあちゃん、よかったねえ、ゴクンができたら、美味しいものが食べれるよ!」
少し目をあけたばあちゃんは、その後は終始無言になった。

ばあちゃんは症状が固定してきているので、長期療養型の病院に移るよう言われていた。
近くの病院は順番待ちで、ベッドが空くまで、他の中期療養型病院で待機するよう迫られていた。
しかし、神様のなさることはなんて素晴らしい!
今日、病院から連絡があって、かかりつけでもあるし、優先的にベッドを空けましょうと言ってもらえたのだ。
そこは、介護スタッフも充実しているので、今後のリハビリにも期待がもてる。
早速だが、3日後に移されることになった。
そこは、けいこたんの職場から目と鼻の先にあるので、昨日みたいに、仕事帰りにショートステイまでじいちゃんを迎えに行く時は、お昼休みにばあちゃんの病院に行くことも可能だ。
ここんとこ、インフルエンザや嘔吐下痢症が流行って、お昼休みもないほど忙しい職場で疲れて帰るけいこたんは、毎朝嫌がるじいちゃんを、デイサービスまで送って行くことも加えて「正直、きつい」と娘にもらしてしまったが、やはり救いの道は用意されているってことだな。
感謝感謝。

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2008年12月 5日 (金)

叱咤激励の日々

明日は、ばあちゃんの今後の対応について、病院の相談部の方との話し合いが予定されている。
というのも、結局、ばあちゃんの胃婁の手術はできなかったのだ。
ばあちゃんのお腹には水がたまっており、そのまま胃婁の施術をすれば、他の弊害が予想されるというのだ。
しかし、鼻チューブからの経鼻栄養だと、これまた100%の確立で肺炎になりますと宣告されてしまった。
また、入院している病院は症状がある程度固まってくると、長居は無用ということらしい。
そして、鼻チューブからの経鼻栄養の状態の患者を受け入れる施設は限られている。
胃婁を決めたとき、けいこたんは、あれほど食べることの好きだったばあちゃんが、いよいよ口から物を食べる機会が遠ざかってしまうのかと、なんともいえないやるせなさを覚えたが、結局胃婁にはならなかった。
まだ、なんらかの道を神様は用意されているのかもしれない。
今度の日曜日、パパの妹がはるばる東京から、ばあちゃんに会いに来ることになった。
ばあちゃんはさぞかし喜ぶだろう。
これがなんらかの刺激になることを祈っている。

さて、じいちゃんにも、このことを伝えた。
お見舞いに来ると聞いて、じいちゃんは「俺の(見舞い)かあ?」と言った。
パパが「ばあさんの見舞いたい。あたは元気だろうがい。」と教えてやった。
じいちゃんは、ばあちゃんのことを話すたびに、「入院しとるとかい?」と聞いたり、「どいつもこいつも、病気ばかりして。元気なつは俺ばかり。」と言ったりしている。
それから、毎朝けいこたんがデイサービスに送って行く時、「行かんで、寝とこごたる(寝ときたい)」と動かない。
90歳だもの、家でずっと寝ていたら楽チンかもしれないが、「おじいちゃんまで、寝こんでしまったら困るから」と叱咤激励の日々だ。

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