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2010年11月28日 (日)

久々の達成感

23日にモーツァルトのレクイエムの演奏会が終わって、いつもの生活に戻った。
先週末から4泊5日の日程で熊本に行き、オケ合わせ・ゲネプロ・リハーサル・本番と、さながら学生時代に戻っての合宿のようだった。
演奏が好評だったこともあって、けいこたんは久々に達成感を味わった。
この数ヶ月間、じいちゃんとばあちゃんの状態が安定していたのも助かった。
熊本への往復をパパが運転してくれたことも有難かった。

さて、一昨日は、洗濯物を取りに行って、ばあちゃんの食事を手伝った。
仕事が早く済んだので、けいこたんが病室に着いた頃は、食事が始まったばかりのようだった。
ヘルパー氏が、けいこたんの顔を見ると「今日は食欲がないみたいで、甘い物から食べてもらってます」と言った。
ばあちゃんは、半分眠った状態で、口の中に運ばれるバナナ味の食べ物を飲み込んでいた。
けいこたんは、ヘルパー氏と交代した。
ばあちゃんに声をかけても、なかなか目が開かないようで、口を少し開いた隙にご飯やおかずの品々を「今度はご飯ですよ~」とか、「わあ、これ、美味しそうな匂いがするねえ~」などと大きな声で話しかけながら食べてもらった。
ばあちゃんは、いつもの倍の時間をかけて、ようやく完食した。
ばあちゃんは、前日、39度の熱があったそうで、点滴がまだ続いていた。
そして、熱が下がった今日から、食欲が出てきたと聞かされた。
やはり、口から食べるということは元気の源なので、と思いつつ、本人、時には食べたくないと思うこともあるだろうなあと、ジレンマに陥いりそうになる。

常に相手の思いを考えての行動というのは、いろいろな場面で、難しいよなあ。


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2010年11月15日 (月)

オレガンマニエヨ(お久しぶりです)

2ヶ月ぶりにこの頁を開いた。
けいこたん、それほど忙しかった。
まずは、韓国語。
韓国へ、研修旅行に行き、 2度目のホームスティを体験した。
あちらの家族は、けいこたんと同世代の方で、日本語を殆ど話さないご夫婦だった。
海雲台の高層マンションからは、天気の良い日は、対馬が見えると教えてくれた。
けいこたんには、ますます近い国になった。
そして、かなり韓国語の勉強にもなった。

次に、モツレク。
故郷熊本で、大学の合唱団の演奏会があり、モーツァルトのレクイエムをやるので、合唱団員の一般募集があるよと、合唱団OGの姉に誘われて、ついついその気になってしまった。
日曜ごとに熊本へ赴き、3時間あまりの練習を終えて、再び福岡へ帰り、翌日は普通に仕事というハードさ。
数年前、太宰府国立博物館誘致のための〝第九を歌おう〟で合唱して以来。
だが、今回の演奏会のほうが、はるかに充実している。
パートが休みの平日も、姉から電話での個人レッスンを受けて、それも来週の本番でいよいよ終了となる。

勿論、じいちゃんとばあちゃんの病院には定期的に訪れている。
この頃のじいちゃんとばあちゃんだが、ふたりの体調に、特に変わりはない。
体調には変化がないのだが、じいちゃんのお隣さんが、先週亡くなった。
まだ、70代で、奥さんが、毎日毎日、バスと電車で通って来られていた。
奥さんは、いつもきれいにお花を活けて、けいこたんが行くと、昼間のじいちゃんの様子を教えてくれたりした。
一人部屋で寂しくなったじいちゃんに、久しぶりに賛美歌を歌った。
「どうだった?」との問いに、じいちゃんは「よかった」と答えた。
じいちゃんは、時々リハビリで、童謡などを療法士さんと歌ったりしているらしい。
「よく覚えとんなさる。お宅は元気でいいですねえ」と、そのお隣さんの奥さんに、羨ましがられていた。

ばあちゃんは、相変わらずベッドが下げられたままだ。
聞いたところによれば、ばあちゃんの元気さは、尿管を引っこ抜いたり、クッションを下に投げたり、時々とんでもない行動に出ることがあるらしい。
恐らく「せん妄」の時間帯の行動であろうと思われるが、けいこたんやパパの訪問時には、たいてい、静かに横になっていて、声を掛けると、じ~っと顔を見てくれたり、あるいはなんにも反応がなかったり、手でなにかをつかもうとしたりといった具合である。
今年も、寒い冬の季節が近づいてきた。
インフルエンザの予防注射を終え、冬将軍に備えている。

※11月23日のコンサート ご案内です
チャリティーの意味もあるので、お近くの方は、是非 お越しください
http://music.geocities.jp/kvs_charity2010/


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